消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

カーネーション

ネットショップらすたにて毎日更新させてもらってます、コラム。
http://www.bidders.co.jp/user/2573628

ところがらすた、実はバックナンバーがございません。
その日限り!
その日限定!
逃したらアウト!!

という大変シビアなコラムとなっております。

「えー、そんなぁ、昨日の読み損ねちゃったよ、読みたいよー」

という声は
かれこれ二年近く連載してますが
一度たりとも聞いた事がございません。

聞いた事がございませんが、
ちょっと最近書いたコラムが

「書いた本人がぐっと来てしまった」

ので、
こちらにて公開させてもらいたいと思います。

二重に読む羽目になった皆様にはどーもすいません。


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タイトル「カーネーション

ふらりと出掛けた週末は、考えたら母の日だった。
孝行心の薄いドラ息子である私は不遜にも
週末のイベントに沸く公園で酒を飲んで遊んでいた。

好天に恵まれた週末は絶好のイベント日和で
汗で放出された水分をアルコールで補って
私は程よく多幸状態にあった。

日が暮れて、イベントの帰り道には路上パフォーマーたちが並び
それぞれの思いを暮れなずむ町に解き放っていた。
皆がまだ、今日と言う日の残り香を楽しんでいて
私もなかなか帰路に着く気分にもなれなかったから、
もはや味のわからなくなったビールをあおりながら
ジャズ・バンドと黒人女性のパフォーマンスに身体をゆらしていた。

夕日はまるで町中の色を吸い取ったみたいに赤くて
みんな同じ色に見える。
太陽の下で平等な僕らは
夕日の中では溶け合ってひとつのスープみたいになっている。

ふらり、と歩み寄ってきた初老の男は
身なりと目つきから、ゆるやかな人生を送ってきた男ではないことが知れた。
イベントにつき物の、的屋の一人だろう。
日に焼けた顔に刻まれた深い皺。目深にかぶった帽子。汚れたジャケット。

手には、一輪のカーネーションを持っていた。

男が私につぶやいた言葉は、グルーブの利いたベースの音にかき消された。
男はカーネーションを私の手に押し付けると、そのままさっさと帰っていった。
日はほとんど沈み、逢う魔時を走る車のテールランプが揺らいでいる。
夜が来る。
日中のハッピーな空気は賑やかな繁華街の光、
疲労と幸福をのせて走る電車の窓、
恋人たちを包むイルミネーションに吸い込まれる。

昼は平等だった。
夜は丁度その反対で、華やかな町の光は、陰を持つ人々を排斥する。

男が伝えたかった言葉は、なんだったんだろう。
カーネーションとともにその言葉は、多分私ではない人に届けられるはずだった。
私は少し考えてその花を、
過剰に包装された、今日と言う日にだけ意味深いその花を、
ジャズ・バンドの前に添えて帰った。
男がカーネーションを渡したのは、
私にではなくて、この場所に添えたかったという
単純な理由に思えたから。

この日に、あの花を渡せなかった理由はなんだろう。
色々考えて、どれも、邪推だと思った。
多分夜が来たからだと思う。
夜は、昼の夢が覚める時間だから。
熱気と興奮と、それからもろもろの期待が覚めて、眠りにつく時間だから。

来年、男が花を渡せたらいい。
そんな淡い期待も、夜の帳の中に霧散して、やがてセッションの最後の音とともに空へ吸い込まれた。