消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

『28日後』監督:ダニー・ボイル

『28日後』監督:ダニー・ボイル
★☆☆☆☆

つまんなかったです。
評点の★ひとつは冒頭の無人のロンドンの町並みの映像。


この映画の感想を長々書いたのだけれど
まとまりが悪くなったので簡潔に。


ゾンビ映画を観たかったのにゾンビ映画じゃなかった」


もうひたすらこれでした。
「新世代ゾンビ映画」と銘打たれていたのですが
ゾンビ、ホラー系ではなくパニック映画に分類されると思う。
台風とか大地震とか火山大爆発とかあの辺の洋物映画の、
パニック要素がゾンビになっただけ、という。


パニック映画の要素というのは
まず大災害はとにかく災害としてあって、それに対して人がどうするか
という人を描くことにあり
もっと特徴的な要素は「災害時における人間の狂気」

この映画を「パニック映画」としたのは
ゾンビの描写が驚くほど少ない点はもちろんあるのだけれども
それ以上に「ゾンビ被害にあった人間たちの狂気」にスポットが当たっているからで

あぁ、ここからネタバレになりますが
(観なくていいから、読んでもいいと思いますよ)


「集団狂気」となったある部隊に、主人公が一人、ランボーになって戦いを挑むと言う
そりゃちょっとないんじゃないの、って展開をする点なのです。
この主人公の行動と言うか、全体的に根底にある思想が欧米的(あるいはキリスト教的)みたいで
日本人には結構共感しにくいところがあります。

事なかれ主義でとりあえず群れてまとまる、という日本人的発想ではなく
自分と仲間に害なす存在はぶち殺しても良い、
というある種狩猟民族的正義感で物事は動いています。
ここって実は文化の差を感じるところで
日本人は家族をもちろん大切にするけれど、
それと同等かそれ以上に「全体の調和」を大事にするところがあるじゃないですか。
団体主義と言うか。
それはいい悪いではなく、文化でs。

その一方で欧米狩猟民族は家族に害なすと見るや
鬼人のごとく「人間」たちを殺戮して
自分と家族(仲間)を守るわけで、それが正義とされるのです。

そこには不思議なほど話し合う余地や歩み寄る余地がない。
それが人間のいわゆる「パニック状態の狂気」だ、
というのが監督の主張なのでしょう。
もちろんこの「狂気」には主人公も含まれてます。

で、こうなっちゃうと「どっちが勝つか」しかないんですよね。解決が。
対ゾンビ戦として勧善懲悪で観ることができれば
普通の娯楽作品になれたのに
対人間というテーマを盛り込んだせいで、
ゾンビは地震と同じ程度の「背景」に埋没し
結局は人間の主張がぶつかるバイオレンス物になっていました。


最初、バイオハザードっぽくて
その後なんかほのぼのして
最後はランボー、でした。



最後にちょこっとあらすじを。

細菌兵器によって人間が狂人(ゾンビ)となってしまう。
感染者の血が体内に入るかかじられただけで感染するという爆発的な繁殖力で
イギリス全土があっという間に感染してしまう。
国民は国外へ非難し、イギリス島内にはわずかな生存者とゾンビが残る。

このゾンビたち、これまでの常識の足を引きずるのろい奴らではなく
全速力で走って追いかけてくるからかなり怖い。
(これに追われる映画だったら十分楽しかったのに)

そんな状況下で数週間の眠りから覚めた主人公は
無人の街となったロンドンをさ迷いわけのわからないままゾンビに襲われ
生存者に助けられ仲間となる。

主人公たちはわずかな望みをつなぐため、軍隊の一部隊がいるエリアへ向かう。
その道中、仲間の死がありーの、ロマンスがありーの。
軍隊(10名程度)と合流できてようやく助かった、と思ったら
その部隊は狂気にかられていた……。


どうも、エンディングが異なるいくつかのバージョンがあるようです。
救いのあるバージョンを観たので後味は悪くなかったものの
及第点には至らぬ残念な映画だった。
てか視聴時間かえせ。