消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

「青ひげ」/カート・ヴォネガット

SF 作家としてむしろ有名なヴォネガットの代表作。
以前読んだSF「タイタンの妖女」も代表作。
タイタンの妖女」にかんしては、
その作品に感動した爆笑問題太田光が自らの事務所を名前を
「タイタン」とした、という逸話がある。

この「青ひげ」にはSF 要素は全くないものの
老人による独白文体というのもまたヴォネガットの得意な手法だそうで
名作が多いとあとがきにあった。


物語はラボー・カラベキアンなる老人の思い出語りに終始する。
文体は一貫して口語体で、カラベキアン老人が自分の半生を小説にする、
という体裁で描かれる。

しかし内容は現在と過去をいったりきたりして取りとめもない。
若い頃の思い出が語られていたかと思うと
カラベキアン老人の現在、老人であり金持ちであり
やたらと個性的な面々に囲まれた現在の報告とが交錯する。

この交錯、場面転換がうまくて読者を飽きさせない。
時に面食らうものの、老人の思い出話に終始しては退屈させられてしまう。
先が気になるところで突然、現在(現実)からちゃちゃが入る。
現在の方も彼の波乱万丈の半生に劣らず、日々事件に満ちている。
その大小はあれど、人間の生活は常に物語である、と認識させられる。


これは人生賛歌だ。
カラベキアン老人のみの人生に限ったものではなく。


ラボー・カラベキアンのプロフィールを示そう。
灰色の鈍重な雰囲気の家族とともに幼少期をすごした彼は
画家を目指して当時の有名な画家の門をたたく。
ある事件から画家の道を挫折し就職、やがて軍隊へ従軍する。

軍隊で「一度も人を撃たない」うちに片目を負傷、栄誉除隊。
よって彼は隻眼である。

除隊後妻と子をもうけたものの絵の道に再び傾倒し始める。
妻には愛想をつかされ離婚、子供にも勘当される。

その後知り合った女性が資産家で、彼女の資産により現在の富豪の地位に立つ。

ざっとこんな感じ。
そして富豪で著名な美術コレクターである彼の元に
快活でずうずうしくて信じられないほど活動的な未亡人、
サーシ・バーマンが現れて現在が色々とかき混ぜられ始める。

そして長い長い過去と現在の物語の果てに、
「青ひげ」の秘密が待っているのである。


「青ひげ」というのはグリム童話初版に収められた童話。
(二版以降は削除されたそうだ)
青い髭をもつ城の主が、ある部屋を消して開けてはならぬ、
と幼い妻に言い聞かせる物語だ。
その「開かずの部屋」を持つ自分を、カラベキアン老人は青ひげになぞらえてるが
ヴォネガットの作品の方ではほとんどこの童話に触れられることはない。
あらすじが語られるだけだ。もちろん青い髭の人物も登場しない。

カラベキアン老人の開かずの間、邸宅の敷地内にあるジャガイモの納屋であるが
こちらもタイトルに「青ひげ」を冠しているほど、物語には絡んでこない。
もちろんタイトルにある以上最後には重要な役割となってくるのだけれど
それは読んでみてのお楽しみ、だ。


カラベキアン老人の語り口調は軽妙で特徴的で非常に読ませる。
さらに細部に至るまでリアリスティックでありありと情景が浮かぶばかりか

登場人物を全部実在の人物だと信じてしまった私は
ネットで彼らを探してしまった。
そのくらい活き活きとしている。


全体的には所詮他人の人生の思い出だから
退屈さを感じることもある。
しかし最後の最後まで読んだときに深い満足感を得ることができるであろう。


おすすめの一冊である。