消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら/岩崎夏海

2~3ヶ月前に話題になりマスコミに取り上げられベストセラーとなった小説である。
長いタイトルがいかんせん、覚えにくい。
(「もしも」で検索すると見つけられない。「もし」である)


購入しようと近所のブックオフを訪れたら、先日は山積みにされていたこの本が
一冊もなくなっていたのでがっかりした思い出の本である。
已む得ず別の本を買って帰ったのだけれど(こっちはヒドイ出来だった)
友人が所有していたので借りることができた。


「タッチ」に相当する感動の涙が流れた。
熱血青春野球小説である。
小説でガチで涙を流したのは久しぶりであった。
電車で読まなくて良かった。家で鼻水をすすりまくり嫁に風邪薬を飲むように言われた。


内容はタイトルの通りである。
正直ここまで内容を表しきったタイトルと言うものにあったことがない。
秀逸を通り越して芸術である。
巻末の作者あとがきに天才・秋元康の名が上がっていたから
もしかしたら彼の影響もあるのかもしれない。


「もし高校野球の女子マネージャーが『マネジメント』を読んだら」
女子マネージャー「みなみ」が(この時点であだち充の『タッチ』を意識せざる得ない)
だいぶどうでもいい経緯でピーター・F・ドラッガーの名著『マネジメント』を購入し
その思想、経営哲学に基づいて高校野球部をマネジメントする物語である。

経営書、ビジネス書というとどうしても言葉が難しく退屈な印象を持つものだが
ドラッガーの著作を読んだわけではないので「一般的に」)
この小説は全般的に青春ストーリー中心である。
そして主人公たちが決断をする際にドラッガーの『マネジメント』が登場する。
『マネジメント』のあるページの言葉に基づいて考え、決断し、ストーリーが進むのである。


青春ストーリーではあるが、ありがちな恋愛的要素がほとんどなかったのもポイントが高い。
弱小野球部を運営により盛り返し、部員のやる気を導き出し、強くする、
という骨子からほとんどまったくずれることなく進んでいくので蛇足がない。
物語が冗長にならず、それゆえ多少淡白であるけれども、
日本人なら誰もが知っている「高校野球」「甲子園」というキーワードが
文中で描かれていない部分を妄想させてくれるので、全体が薄っぺらくなることがない。

大変うまい。
「全て描く」ということに人はこだわってしまうものである。
特に処女作となる小説を書くときなんかそこに過剰に力が入るものだと思う。
作品の制作は良く「足し算ではなく引き算だ」と言われる。
100%の完全ストーリーがあるとして、それをすべて紙に書ききることはできない。
そのためには登場人物すべての出生から生い立ちを描かなくてはならない。

どこを削ってどこを残すか。
それを見事にやっている作者の、これが処女作だとは舌を巻く。
特に「ドラッガーのマネジメント」という引用書があるのだからなおさらだ。
全文掲載したくなるに決まってる。
「だったらドラッガーを直接読んだ方がいいじゃん」と、
そう思わせることができたならそれはそれで成功だけれども
それでは本書がただのドラッガー紹介文になってしまう。


単純に、物語としてこの小説は面白い。
表紙が今時の萌え系女子高生のアニメ絵であるけれども、
内容もアニメ、マンガといった感じである。
それは批判しているのでは全くなく、
だからこそ一気に読了することが出来る「軽さ」と、
その一方で充実した内容に対する「満足感」が得られた。


何しろこの軽さ、薄さがいい。
例えば会社で「今後のためにこれ読んどけ!」
ドラッガーの『マネジメント』を渡されたらどうなるか。
「え、あ、はい……じゃ、ま、そのうち……」
そんな尻込みをするのではないか。


しかしこのアニメ調のノリの本であれば遊びで読める。
構えず読める。
読みきらなくても挫折感がなく自己嫌悪にもならない。

つまり「読みやすく、薦めやすい」


私は、この本の読者対象足りうる人たちを知っている。
それはこの本の中の登場人物たちであるが、
経営の「部員」たちであったり
組織の「専門家」であったり、
プロジェクトの「マネジャー」であったり、
組織の「トップマネジメントチーム」であったりする。

たぶん会社には必ずこれらの人たちがいるはずである。
その人達に気軽にこの本を貸して見ることができる。
「タッチみたいで、すごい泣ける!」と言いながら。
実際三回以上泣いた。
私は「泣ける」という売り言葉が殊の外嫌いなのであるが
この本にはそれに付随して「マネジメントがなんとなくわかる」があるので
方便としていわせてもらおう。

「泣けるよ、この小説。ほんとお薦め」


とりあえず借りていた本は返して
別途二冊ほど購入して会社で回してみよう。