消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

「白い猫」

期待したほど雪が積もらなかった東京ですが
寒さはしんしんと染みてきます。
先月の今頃などはあまりの暖かさにコート購入をためらったものでしたが
ついに東京砂漠にも初雪が降り、こんこんと静けさに包まれた夜だったのでした。


そういえば、あなたにこんな話をしたことがありましたっけ。
雪の日の白い猫の話です。
白い雪の上を飛ぶように走る、これまた雪に劣らぬほどの白く透き通った毛並みの猫です。
まぼろしだったのかしら、と今でも当時も思ったのですが
私の記憶のしんと冷たい部分に、まるで童話の一枚絵のように
ぽつんと残っているのです。


その時私は十歳でした。
前夜から続く雪が厚く東京に降り注いでいて、
その夜も町や車や街路樹を厚くおおっていたのでした。
降り積もった雪のしっとりとした表面に
暖かげな家の光がすっと線を作っていて
私はまるであの童話、「てぶくろを買いに行く」の一場面に
自分が迷い込んでしまったような錯覚をもったものでした。


そんな錯覚をもったのには理由があります。
私は夜の雪の町に出たくて、母にせがんで買い物に出かけてきたのです。
ぼんぼんのついた毛糸の帽子と、当時アノラックと呼んだダウンジャンパー。
毛糸の靴下に長靴をはいて、
ちょっと離れた酒屋までお使いの途中でした。


夜の町、それも雪が降ってる夜の町なんて
東京育ちの私にはとても神秘的で幻想的で
わざと遠目の酒屋へ向かったのですけれどね。


その公園は私の通う小学校の向かいにありまして
なかよし広場、そんな名前で呼ばれてました。
大人になってから知ったことは、その公園は
○○市立第三児童公園、なんていう妙に仰々しい名前であったことと
なかよし広場、と呼ばれる公園が全国あちこちにたくさんあること、
東京都内を何度か引っ越して、もう三つもそう呼ばれる公園にあいました。


でもおかしいですね。
私にとってはなかよし広場はいつまでも、あのなかよし広場なのです。
春には木にのぼり、夏には花火に興じ
秋には夕暮れまで野球ボールを追いかけて冬には猫を見た、あのなかよし広場なのです。


猫を見たのがその時でした。
もうとっぷり暮れた夕闇でもあり、降り止まずに続いてるせいで
昼には雪だるま、雪合戦で大暴れした公園も
また静かな湖のようになめらかな面になっていました。
街灯の光がわびしく、
夜闇の黒、雪の白、目の真ん中で線が引かれたようにくっきりと分かれていました。
(子供が一人でお使いができた、いい時代でした)


だから、遠くからでもその猫に気がついたのだと思います。
目の真ん中に引かれたまっすぐの線の上にぽこっと
飛び出た奇妙な雪だるま。
いえ、猫でした。白くてふわっとした猫でした。


私はしばしぼうっとして、その雪だるまが動くのを見ていました。
何しろきれいな白でしたから、動物だと気がつくのに少し時間がかかりました。
猫と気づいて追いかけたのですが(子供は本当に、追いかけるのが大好きです!)
するするとすべるように雪の上を駆って、隣の空き地との間のブロック塀の隙間に
すっと消えてしまいました。


残った私と降る雪を照らす、街灯の光がひとつ。……


あの猫は夢だったのでしょうか。幻覚だったのでしょうか。
あまりの白さに光り輝いているようでした。
その夜より以降、あれほど白い猫にあったことはありません。
なかよし広場の周囲を探したのですが、ついに白い猫にあうことはありませんでした。


うさぎだったのかな、と思うこともあったのですが
あの優雅な身のこなし、すっと塀の向こうに消えるあたり
やはり猫だったと思うのです。


少し長くなってしまいました。
あなたはこの猫、どう思いますか?
故郷を離れ、転々と住居を変えても
雪の夜にはあの猫を思い出します。


あなたにも雪の思い出があるでしょう。
また今度聞かせてください。
おやすみなさい、おやすみなさい。