消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

スポ根!高校!青春!

ヤバイ・・・高校青春スポ根部活マンガを読んだら
体の内側から猛烈にたぎるものが・・・

どうしてこんなに短絡的なんだ!単純なんだ!
村上春樹読んだら主語が「僕」になるし!!
村上龍読んだらホテルのバーに行きたくなるし!!

36歳だぞ!?年代的には37歳だぞ!?
それが「青春部活動」ってどういうんよ!?
しかもなんか男女のギクシャクまで含んでってどういうのよ!?
「異性として意識しきれないけどどうしていいかわからない」
そういう童貞時代の思考がまぶしすぎる!!


けれども
わかってる。みんな喉元過ぎてるだけで、
でも冷静になれば思い出す。
どうしようも無いほどに若気の至りに満ちたあの頃、
ティーンエイジャー。
恥ずかしさと自意識過剰さと爆発しそうな欲望との
ナイマゼになった炎のような煩悶の日々。
世界(大人)に対して怒り続けたり
本気で家出を計画したり
弟と骨が折れるまで殴りあったり
金が無いから10時間くらい公園でだべったり

あれを「楽しかった」なんてとても言えない。
なんというか、直情的に感情的な意味で持って
地獄だった、とさえ思い出す。

もちろん、イジメとかそういう反社会的ネガティブな「地獄」は
言うまでもなく理不尽で最低な地獄だろうけれど(軽い言葉でスマン)
幸か不幸か私の青春時代は周囲を見てもイジメみたいなのはなかった。
あったのかもしれないけれど、湿り気がイマドキより薄かったと思う。

イジメの方は今日のテーマから外れるのでちょっと置いておいて、
青春!
十代!
部活!
学校!
今思い出すと真夏の晴れ渡った空に帝王のように君臨する太陽が如く眩しくて
ほんと直視できないっていうか、まぶしすぎ、痛々し過ぎて記憶封印してるんだけれど
ふ、と軽く思い出す分には、本当に楽しくて気持ちよかった、
スタンド・バイ・ミー的セピア色の風景なのだけれど

「じゃあそこまで時間巻き戻していいか? いいんだな?」
ってヤハウェ的なものに聞かれるところまで真剣に思い出すと
いやいやいやいやちょっと待ってくださいほんと待ってください、
と止めに入っちゃうわけなのです。

今の仕事がしんどくて、今の仕事のプレッシャーがでかくて
今の仕事の人間関係にげんなりで今の仕事から逃げ出したくて
そういう「後ろ向きの加速度」を持ってして
簡単に「あの頃に戻りたいなー」なんてつぶやくのもありなんだけれど

そしてそれってどうあっても不可能だから
安達祐実の再婚相手になりたいなー」
と同じレベルの、「口に出して見てるだけの願望」に過ぎないわけですが

そのツィートを誤って聞きつけたクロノス(時間の神様)が
「お? そうなの? 戻りたい? 夏休み特番で、戻しちゃうけど、いい?」
なんて受け入れてもらわれちゃったら大変困るので
本当にあの頃が良かったのかどうか深刻真剣に思い出してみるわけなんです。

私は「スラムダンク」と「ヒカルの碁」と「BUTTER!!」を連続で読んで、
もう心の底から「うぉー!! 青春!! 部活!! もどかしい人間関係!!」
って身悶えしちゃってる36歳(数えで37)なのですが
勢いで「ガキの頃からやり直してー!!」って言うわけにはいかない事情を
抱えているのです。
いえ、きっとあなたもそうです、そうであるはずなんです。

だってそうじゃないですか?
うっかり惚れちゃった異性のことを考えたりして
学校ですれ違う時なんか病気なんじゃないかってくらい心音大きくして
休日なんかその子が住んでいるマンションと同じマンションの友人とこ
用もないのに遊びに行ったりしてさ、
まぁほんとストーカー候補生だったかもとか思っちゃうけど、
ああいうこと、もう一回できる!?
あのテンションとあの気恥ずかしさとあの辛さ!
あれを追体験できます!?
できるの!? ほんとに!? 絶対美化してるでしょ!?

スラムダンク」や「ヒカルの碁」なんかの、ジャンプ系はですね、
もう単純ですよ。勢いですよ。
貫かれていますから「若さの可能性」が。
はっきり、間違いなく、ジャンプは「少年誌」なのですよ。
だからぎゅうぎゅうに若さの暑苦しい体温に満ちていて、
可能性と未来がぎゅうぎゅうに詰まっているんですね。
「君たちだって主人公のように輝けるんだぜ!」
ってジャンプの作者と編集者がスクラム組んで襲いかかってきますから。

だから私だって短絡的に「先生! バスケがやりたいです!!」
って発情した犬のように叫べるんですよ。ええ。36歳ですが。

そこにくるとですね、「BUTTER!!」の方はですね、
多分こちらはアニメ化もされてないしあまり有名じゃないんでしょうけど
そもそも掲載誌が「アフタヌーン」って、
もろ軸が少年誌と異なる方向で、
しかも多分アフタヌーンって、青年誌なわけですけど、
ジャンプが叩き込んだ「若さの可能性は無限大!!」っていう
瑞々しいまでにエネルギッシュな方向性に対する「挫折感」が
読者層を形成しているような雑誌じゃないですか。
(関係者、ファンの皆様、申し訳ありません、偏見です)

なんていうか、「臨死! 江古田ちゃん」の扉4コマで
なじられて皮肉られて揶揄されて、
それを自嘲気味に受け入れちゃうあたりが読むじゃないですか。
違う?
だってジャンプの方向性のままに進めていたら、
スピリッツとかでしょ?
あるいは「Gainer」とか「Number」でしょ!? 極端な話。
そして最終的には「President」なんでしょ? 違うの?

まぁ私の人文哲学は上記の通り非常に偏狭かつ狭量な資料を元に
作られてしまっていてしかもそれに対して無反省なのですが
(わかってる人から見ると非常に薄っぺらいですよね)

話はそれているので「BUTTER!!」の方なんですけれど、
こちらはですね、ジャンプ掲載作品と明らかに異なっていて
目線が当事者たちより上なんです。
年齢層が上なんです。
舞台は高校で部活動なんですが、
読者として意識されている層は、高校はとっくに卒業、
多分大学3~4年生くらいの、「自分の可能性は大体こんなもん」と
悟ってしまってるあたりの層なんです。

あるいはもうちょっといって、三十代前半。
二十代前半は、社会人一年目とかで、
「もう一度サラリーマン金太郎を目指してみよう!」
と一念発起している時期なのでちょっと外れまして、
なんとなく、冷めたような、諦めたような、
怠惰さ、気だるさ、
そういう、世代的な脱力感を持ったあたりをターゲットに
据えているんじゃないかな、って思うのです。

「BUTTER!!」は高校ソシアルダンス部を主軸にして、
ダンスなんかやったことのない男の子や
ジャズダンス、ヒップホップを想像して入ってきた女の子らが
青春ど真ん中の葛藤と開き直りをぶつけながら
ダンスにのめり込んでいく様を描いているマンガです。

このマンガが「スラムダンク」や「ヒカルの碁」と異なるのは
「やれば出来る!」とか「あふれる才能!」みたいな
宝石のような登場人物のキラキラ具合を出してるもんじゃなくて、
赤面して閉じたくなるくらいの、あの頃の葛藤と勘違いを詰め込んだ
「思い出したくない高校生活の恥ずかしさ」を
血が出るくらいに無造作に引きずり出しているところなんです。

なので、「ヒカルの碁」を読んで
「うわ、俺マジで囲碁やろう、神の一手に近づこう」
と年甲斐もなく熱くたぎっちゃった私のハートを、
別の側面から羞恥と思い出で「恥ずかし焦がし」してくれた
そういうマンガでした。

良い意味で自分の過去を「思い出し恥ずかし」し、
良い意味で「やっぱ青春は遠くにありて思うもの、だな」と
悟らせてくれたマンガでした。
いやー、ヤマシタトモコ、絶賛ですわ。私。
岡崎京子を映画化してないでヤマシタトモコをドラマ化して欲しいな。
できるだけしっとりと。大人な感じで。


あ、そんなわけで、どうですか? 皆さん。
10代の青春期、戻りたくなったりしますか?
今思い出すから甘酸っぱい、
でも当時は、クエン酸を直に舐めるくらい、「苦いほど酸っぱ」
かったはずですよ?