消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

道徳の授業「ネット時代のいじめのヤバさについて」

先生
「よーしほんじゃ出席とるぞー。うーん、全員いるみたいだな、関心関心。
そんじゃあ早速道徳の授業を始めるぞー。
教科書は無いけどノート出しておけよー。大事なところは書き取れよー。

先生
「んじゃー今日の授業のテーマだけどなー、テーマは『いじめ』だー。
特に『いじめするとこんなデメリットがあってヤバイ!』って話だー。
先にぶっちゃけちゃうとなー、今日の授業の内容はいじめに限ったもんだけじゃないからー。
すべての『やっちゃった』案件に結びつくからなー。はっきりいって超有効な知識だー。
マジ受験勉強より人生に役立つからちゃんとメモしとくんだぞー。

先生
「おっし、じゃあ早速いってみよっかな!
今日は7月7日だから七夕にちなんで……安藤!

生徒
「せんせー。七夕にちなんでないよー!

先生
「あー、ギャグだ。だいたい七夕ってのは気に入らんよー?
一年に一回だけにしても、彦星は恋人に会えるんだからなー。
恋人がいない身にもなった方がいいんだよなー。

生徒
「せんせー。それ八つ当たりじゃねー!?

先生
「うっせぃうっせぃ。お前ら、俺が独身のうちは不純異性交遊ゆるさねぇからな、
覚悟しておけよー。

先生
「そんじゃ安藤ー。
いじめ、ってよく言われてるけどなー。いじめって、何でやったらいけないんだー?

安藤
「え? そりゃ、人の嫌がることしたらイケないからでしょ?

先生
「そりゃまーそーなんだけど、お前大人なんだからもうちょっと何かあるだろなんか。

生徒
「大人じゃないよー、未成年だよー(中学生とか高校生想定でお読みください)

先生
「そうだなー。未成年だなー。じゃあ未成年がやるいじめと、大人がするいじめって、違うか?

安藤
「大人もいじめなんかするんですか!?

先生
「するする! そりゃーする! いつでも! どこでも!
あのなー。お前ら先に言っちゃうけどなー。
こんな『いじめ、イケない!』なんて授業を俺はしてるけどなー。
いじめは撲滅できない。これは多分、できない。
この世から消し去ることはできない。
世界中、歴史上、どんな身分、どんな地域にだって、いじめはある。
人間が集まればいじめが発生する。
よく『三人いれば派閥が生まれる』っていうけど、あれもそうだな。
だから多分、人間て言うのは基本的に、他者を貶め、蔑み、足を引っ張る生き物なんだ。

生徒
「えー。じゃあ意味無いじゃん、この授業。

先生
「いやそうでもない。『いじめは悪いことだからやめましょう』だったら、
確かに正直意味は無いと先生も思う。
けれども、いじめのデメリットを知ってもらう、
ちゃんと知識としてそれを事前に教えてやる、
これは大変意味があることだ。知識ってのは行動を決定し変更する時の、
一番大事な要素だからな。
赤信号が危ないのは何でだ?

生徒
「車が来るからー。

先生
「そうだ。でも信号機の知識、車にはねられたらやばいって知識がないと、
赤信号でも関係なく渡っちゃうよな?
車にはねられて入院してから「そうだったんだ」って思っても遅いよな?
だから知識として知っておいて欲しいんだ。いじめをするとどうなるのか。

生徒
「でもその知識を知っていても、大人になってもいじめするだろー? 意味無いじゃんー。

先生
「ところがどっこい、なんだ。これはお前らの世代、というより、
お前らの時代だからこそ役に立つ知識なんだ。
俺が子供の頃はそんな知識はいらなかった。
だから単に『いじめ、カッコ悪い』って言われてるだけだった。
でもこのインターネット時代、
お前らは実はものすごーくリスクの高い時代に生きているんだ。
だからそれを知っておかないと、間違ったことをしたら将来的に大変損になるんだ。

先生
「でも、リスクがわかりやすくなった、と言うこともできる。
前向きに考えればな。
だからたくさん知ってリスク対策しておけ。

先生
「じゃあ次は遠藤ー。「痴漢」って、知ってるか?

遠藤
「え、やーだー! セクハラ!

先生
「痴漢もセクハラもそうなんだけれど、誰がどう言ったら、痴漢は犯罪になるんだ?

遠藤
「え・・・女の子が『この人痴漢です!!』って訴えたらでしょ?

先生
「そうだ。ところで遠藤、先生は痴漢か?

遠藤
「えー!? あはは! やりそうー!

先生
「やらんわ!! やらんけど、丁度いい、俺を指さして「この人痴漢です!」
って言ってみろ。

遠藤
「この人痴漢です!!

先生
「・・・迷いなく言ってくれてありがとう・・・迫真過ぎてちょっと辛い・・・

先生
「さてみんな…俺は痴漢か? どうだ?

生徒
「痴漢ー!(ぎゃはは)

先生
「お前ら…!
痴漢で立件されて有罪確定すると、基本的に仕事をクビになる。
痴漢に限った話じゃないけれど、大抵の仕事の契約には『犯罪行為をしない』って
約束事で書いてあるからだ。
そして犯罪行為、有罪は俺という人間の履歴…すなわち『前科』になる。
前科は消せない。犯罪を犯した人物、という烙印を一生押されるんだ。

安藤
「…でも先生は痴漢してないじゃん?

遠藤
「例えば! の話でしょ!?

先生
「本当に『例えば』か?
安藤、お前は信じてくれて嬉しかったけど、
俺が本当に痴漢していないって、証明できるか?

安藤
「え?

先生
「そもそも『痴漢』ってなんだ? 何することだ?

安藤
「女性の身体をこっそり触ることでしょー?

先生
「実はそうとばかりも言えない。ほら、ストーカーとかあるだろ?
あれはこっそり後をつけてくるけど、触ってないことが多そうだよな?
でも迷惑だろ? 訴えたくなるだろ?

遠藤
「なります!!

先生
「身体を触る、っていっても、手だけが犯罪に該当するとは限らない。
足を押し付けたり、股間を押し付けたり、背中をグイグイ胸に押し付けたりしたら
これらも痴漢、って思わないか?

遠藤
「思います!! 超気持ち悪い!!

先生
「じゃあ身体が触れてたら痴漢なのかねぇ。
これはもう、「女性の嫌がること」って言ったら、言い過ぎかねぇ。

男生徒
「言い過ぎだし! 男専用車両ねぇし!

先生
「ははは。まぁまぁ。
この「嫌がること」ってすっげー曖昧だよな。
でも遠藤が嫌がったら、俺、痴漢かもしれないよな。
あるいはセクハラ教師かもな。
そしたら前科がついて学校首になって、人生狂うよな。
前科があるせいで再就職もままならなくて、生きていけなくなるんじゃね?

生徒
「前科って隠せないんですか?

先生
「うん、そこ。そうなんだ。そこが今日の授業のわりとでっかいメインなんだ。
隠せるか。
隠せると思うか?
隠してくれるか?
匿ってくれるか!?!?
なぁ、井田!! お前先生を隠してくれるか!?

井田
「なんで俺が!!

先生
「だって先生前科ついちゃったし…痴漢だし…セクハラだし…暴力教師だし…。

井田
「『ちがうー!』って言えばいいじゃん。

先生
「お前らはネットでそれをみたら信じるのか?

井田
「…え?

先生
「先生がネットで、ブログで、ツイッターで、Facebook
『やってません! 私じゃありません! 冤罪です!』って言ったら信じてくれるか??

井田
「そりゃ、まぁ…先生がそう言うなら…。

先生
「じゃあ他の人だったら?
全然全く知らない人が、テレビのニュースで捕まってたら?
『神奈川県警の巡査(年齢)が強制わいせつ罪で捕まりました』
ってニュースが流れて、ヤフーニュースにも出てて、それがツイッターで拡散されてたら?
ひどい警察官も居たもんだ!! ってすげぇ腹立つんじゃないか?

井田
「そりゃ、守る側の人間がそんなことやってたら、おかしいでしょ。

先生
「でもその事件が事実かどうかわからないじゃんか。

井田
「えー!?!? だってニュースにもなってたら、それはホントなんでしょ!?
事実なんでしょ!?

先生
「じゃあ井田は、ニュースとか新聞の報道は信じるってことか?

井田
「うん、まぁ…。朝日新聞従軍慰安婦は、アレだけど…

先生
「ネットの噂とか、ブログとか、ツイッターとかはどうだ?
『こんな事件あったらしいよ』とかさ。
『○○高校の先生が痴漢して捕まったらしいよ!』とかさ。
この程度だったらニュースにならないもの、多いじゃない。
俺が痴漢しても、NHK のトップニュースになったり、
ヤフーニュースに乗っかるとは考えにくいよなー。

井田
「そしたら『ソースよこせ!』って言いますわ。

先生
「さっき遠藤に『この人痴漢です!』って言わせてみたんだけど、先生、
痴漢やってないんだよ。
どっちを信じる?

井田
「えー???

先生
「その様子をたまたま見てた人がさ、ツイッター
『なんか○○高校の子が痴漢捕まえてたー』ってつぶやいてさ、
写真も載ってたら、どう?
俺の写真が、ばっちり載ってたら。

生徒
「そりゃ写真載ってたらアウトでしょ!!
見つかってんじゃん!! 捕まってんじゃん!!

先生
「でも、それは女子生徒が騒いでるだけで、証拠ないだろ?
ソースないだろ?

生徒
「あ‥‥…

先生
「俺はね、とりあえず逃げるよ。だってな、痴漢っていうのは、証拠が少ないし
証明が難しいから、状況証拠と被害者の発言だけで
犯人にされてしまう、『冤罪』が非常に多いって言われているんだよ。
だからまず逃げる。

生徒
「逃げるのかよ!

先生
「だってさ、か弱き女子高生と、おっさん教師だぜ?
どっちがアヤシイよ??

生徒
「そりゃ先生だ! おっさんだ!

先生
「でもさ、女子生徒だってさ、わかんないけどおしり触られたとしてさ、
後ろが見えてるわけじゃないし、その触っている手を捕まえたとも限らなかったら
ほんとにほんとに先生が犯人かなんてわかんないはずだろ?
でもさ、女性にしたらさ、ケツ触るような、男って種族が全部恐ろしくてひどい生き物に見えてるから
全員犯人に見えてるかもしれないんだよ。そんときは。

遠藤
「いや、そこまでは…

先生
「先生はとにかく触ってない! 痴漢してない! だから逃げます!
そうすると、女子生徒がつぶやきます。
『マジあいつゆるせない!! 絶対見つけ出して警察に突き出してやる!』
周囲に居た人、電車に乗ってた人も同じように思うかもしれない。
証拠も何もなくても、明らかにアヤシイおっさんが女子高生に言われて逃げた! ってなれば
『なんか痴漢ていわれて逃げたおっさん居たー』ってつぶやく。
『現場の写真、偶然撮ってた!』って先生の写真をFacebook に公開しちゃうやつも出るかも。

遠藤
「あたしそんなことしないよー。

先生
「遠藤はしないと思うけど、する人もいるだろ?
ほんとに痴漢が逃げたんだったら、むしろ正義感でもって
『この犯人捕まえて!』ってなりそうだろ?

遠藤
「まぁそういう人もいるかもねぇ…

先生
「これを『ネットの匿名正義感』って言うんだけどな。
片方の言い分で罪を特定して、良かれと思って犯人探しや追求をする…。
まぁ先生が今つけた用語だけどな。

生徒
「匿名…正義感?

先生
「この匿名正義感のおかげで、先生が○○高校受け持ちの××だってことが判明し、
ネットでは先生の名前や、卒業アルバムの顔写真がバンバン出回って
出身大学とか、その大学で一時やってたバンド時代の写真まで引っ張りだされて
『タバコ吸ってる! 不良!』
『いや、きっと大麻だ!』
『じゃあASKA!?!?!』
『信じられない犯罪教師だな!!』
って大炎上しはじめちゃう。2ちゃんまとめとかにも書かれたりして。

生徒
「…そこまでは行かないんじゃないの?

先生
「でも、もしそうなったとき、どうすりゃいい?
先生が一生懸命『違うんです!』って訴えて、
ツイッターFacebook の削除依頼出したりして消そうと思って、
それでネットの情報って消えるかね?

生徒
「消えないー。コピーされてリツイートされてどんどん広がるー。

先生
「そんでたまたまPTA の人、君らの両親にその情報が漏れたら、どうなるだろう?

遠藤
「えー! あたし先生が犯人じゃないって言ってあげるよ?
何ネットの情報鵜呑みにしてんのよ! って。親とかが文句言ってくることなんてないでしょー。

先生
「そうか、遠藤は守ってくれるんだな…。ありがとうありがとう。

遠藤
「ほんとにやってたら無理だけどね。

先生
「そして五年の歳月が流れた。

遠藤「!?
生徒「!?
井田「いきなり!?

先生
「痴漢冤罪問題が大炎上し、犯人かどうか不透明な状態でも、
学校に抗議の電話やメールがバンバン来て、どうしようもなくなってしまった先生は、
結局教師の職を辞して行方不明になっていたのである。

遠藤
「何!? ドラマ!? すごい急展開してるんだけど!?

先生
「行方をくらませてるとは言っても生活費は必要。
貯金が底をついた先生は流れ流れて行き着いた町のコンビニでバイトを始めようとする…。

生徒
「…なんで!? そこまで急展開!?

先生
「しかしついうっかり、本名で履歴書を書いてしまった先生。
コンビニの店長が何の気なしにネットで検索すると、俺の名前を発見する…。
そこにはものすごい量の書き込みがあって、店長は当然全部読むのも面倒なので、
目についた派手なやつだけ斜め読みするとする…。
さて太田!
店長が読むのはどんな記事でしょーか!

太田
「知らねーよ!! わかるわけないじゃん!!

先生
「そう!! わかるわけ無い!!
ネットって怖いなー。
何が出てくるかわかったもんじゃないよなー!!
『○○高校教師、××! 淫行教師を追い詰めろ!』かもしれないし
『先生はやってない!~ある女子生徒の手記~』かもしれないし
『逃げるように辞めた。やはりやってたんだ!』って書き込みかもしれない。

遠藤
「ねぇねぇ、その手記って、あたしが書くの??

先生
「コンビニ店長が全部読まなくちゃダメか? そんなの無理があるよなー。

太田
「でも先生! 店長、そんなの信じなければいいし、読まなきゃいいし、
先生の人柄とバイト面接で判断して決めればいいじゃんか!
ネットの情報に振り回される方が悪いじゃん!

先生
「太田、そうかもしれん。
だが太田、さっきも少し触れたけど、ほんとに『ネットを信じない』なんてことできるか?
警察官が痴漢したってニュースがあったら、ひどい警察だって怒ったろ?

太田
「それは…犯罪が証明されて、実際に捕まったニュースだからだろ?
普通そういうのって、本人も犯行を認めてるんじゃねぇの??

先生
「太田、そうかもしれん。
が、コンビニ店長が全部のネット検索を見てそう判断できるだろうか?
全然見ない、信じない、というのもひとつだが、
一度でも検索してしまって、それを見なかったことになんてできるだろうか?

加賀
「じゃあなんのためにバイト面接してんだっつー話じゃんよー。
ネット検索でいいんだったら面接いらねーじゃんよー。

先生
「加賀。そうかもしれん。面接だけで「この人なら」って信頼できるなら。
で、バイトの面接って何時間、何回くらいやるもんなんだ?

加賀
「…30分くらいじゃね?

先生
「それだけの時間会話しただけで他人って信じられるもんなのか?

加賀
「ま、大体人間性ってのは見えるもんなんじゃねーの?
だから、それで見れねーんだったら面接の意味ねーじゃん!!

先生
「意味あるかはわからんが、自信は無いかもしれないな。
だから、バイトじゃなくて正社員。大企業の就職の時なんか、
面接が三回も四回もあるらしいぞ?

加賀
「正社員は慎重に選んでるんだろ? バイトとは違うだろ?

先生
「そのとおりだ。慎重を期する場面では、人事部の人が面談し、
部長が面談し、グループディスカッションみたいなことをやらせてみたりして、
最後に社長が面談したりするんだ。
最初の、人事部の担当が面談しただけじゃ信じ切れない、ってことだな。

加賀
「社長だったら信じられるってことだろ?

先生
「というよりは、責任、かもな。
あのな、正社員ってのを一人雇う場合、会社はその人の生涯賃金を計算すると、
一億円とか二億円、覚悟するらしいぞ?

加賀
「え!? そんなにかかるの?

先生
「正社員を雇うってのはそのくらい覚悟がいることらしい。
その社員がその後、三億四億稼いでくれればな!? そりゃいいけどな?
逆に、ろくに仕事もできない奴が入ってきて、給料泥棒状態になったら、どうよ?
二億だぞ、二億!

加賀
「クビにすりゃーいいじゃん。リストラ。仕事できない奴は。

先生
「日本の労働基準法とかで、正社員として登用した人間を簡単にクビにすることはできない。
それよりも、加賀。どうやって仕事できるできない、って判断すると思う?

加賀
「え?? そんなん、営業成績とか、なんかあるんじゃないの? 数値が。

先生
「数値で見れればいいけどな。お前らの赤点みたいにな。
仕事ってそれだけじゃないからな。
まぁ少なくともさ、会社ってところはな、
仕事できないと思える奴は雇いたくないわけよ。

加賀
「あったりまえじゃんか。

先生
「そしたら、面談だけじゃなくて、できるだけ、あらゆる情報が欲しくないか?
だって面接で嘘つかれて、見抜けなかったら困るだろ?

加賀
「ふん。それを見抜くのが面接なんじゃないのかね。

先生
「最近は、企業の人事部とか面接官は、Facebookツイッター見るらしいぞー。
そしてさらに最近は、その動きに気がついた大学とかの教師が、
先回りして消させるらしいぞー。変な記事とか写真とか。

加賀
「わけわかんね。じゃあもう意味無いじゃん。

先生
「でも消せない記事もあるよなー。先生の痴漢の例、
その例みたいに、炎上してあちこちに書かれてたら消せないよなー。

生徒
「…‥‥

先生
「なので先生は五年後、バイトもできず再就職もできず、
知らない町で人知れず朽ち果ててゆくのです……。

生徒
「ははは……。

先生
「笑いごっちゃ無いぞー。
お前ら、自分がそういう目にあったらどうするんだー?
ネットで自分の名前が書かれて、それが消しても消しても出てくるんだぞー?
そしてどれがほんとかなんて、本当にわからないもんなんだぞー?
そんなの、読む人が『あ』って思ったら、
もうそれがレッテルになっちゃうんだぞー。

生徒
「……

先生
「どうするよ、加賀。

加賀
「俺は書かねーし。

先生
「書かれたらどうするよ。

加賀
「……書かさねーし…。

先生
「先生なー。わざと喩え話を別のにして話したんだ。今日は。痴漢な。冤罪な。
ネットがある以上、こういうことがある、起こりうるってことをわかってもらいたくて。
でなー。実は今日のテーマでも同じことがありうるんだよ。
つまり、『いじめ』な。

生徒
「!!!

先生
「痴漢の例がちょっと派手すぎてピンと来ないかもしれないけどな。
もし将来的に、会社に就職するときに、お前らの名前で面接官が検索して、
それで何か変な情報を見つけちゃったとしたら、どう思う?

生徒
「……

先生
「お前らが面接官になることだってあるんだぞ。そんときたまたま見つけちゃうんだよ。
例えばな、いじめにあってた生徒が、こっそりブログに書いていて
そこにお前らの実名があったらどうするよ?

生徒
「!!!

先生
「いいかー。よく考えろー。
もしもだぞ、そのブログが、誰かがいたずらで、ありもしない事実をもとに、
A君とB君とCさんにいじめられてましたー、って書いてあったら、どうするよ!?

井田
「え!? それってもはやどうしようもなくね!?

先生
「そのとおりだ! どうしようもないんだ!! 先生の冤罪のケースもそうじゃないか??
『火のないところに煙は立たぬ』っていうけど、本当にまるで火の無いところに煙が立つとしたら、どう思う!?

遠藤
「いやいや先生、それはもうどうしようもないじゃないですかー。

先生
「じゃあ遠藤、絶対起こりえないといえるか?
誰かと喧嘩して、腹いせにそういうの書かれることが、金輪際無いと言えるか???

遠藤
「あ、あたしは書かないけど…

先生
「書くことも、書かれることも、無いとは言えない。
さらに怖いのは、誰が読むかわからない。そして誰が何を信じるかわからない、
ってことなんだ。

加賀
「せんせー。じゃあどうすればいいのか、全然わかんねーんですけどー。

先生
「加賀。お前の言うとおりだ。どうすればいいのかなんて全然わからない。

加賀
「な!?

先生
「だってそうじゃないか? 誰でも自由に、何でも発信できるインターネット時代なんだ。
先生がみんなに、Facebook 使うな、って言えば抑止できるか?
ツイッターでつぶやくな、って校則作ったら正しくできるか?
LINE のやり取りなんかも、最近じゃ出回るケースがあるんだよなぁ。
そんなの、どうしようもなくないか??
しかも、加工することができるだろ!? さも本物のように!!

遠藤
「せんせー…どうすればいいのよー。わけわかんないよー。

先生
「今日、みんなに話したかった一つは、『ネットは怖い』って話だ。
このネット時代にもし、いじめなんかが存在したら、
それは信じられないほどマイナスになってこの世の中に残ることが起こりえる。
実名が検索される時代なんて、本当に怖いだろ?

生徒
「……

先生
「痴漢の話を、先生は冗談みたいに話したけれど、実は似たような事は起こってる。
痴漢じゃないんだが、犯罪を犯してしまった人がいてな。
刑務所に行き、刑に服し、懲役を終えて保釈された人の例がある。
犯罪を犯したその人が悪い、という人もいるだろう。
ネット上にはその人の犯した犯罪がいつまでも検索可能で残っていて、
まじめに働きたくてもどこも雇ってくれないそうだ。

生徒
「そりゃ犯罪者が悪いよ…

先生
「でも、先生の痴漢冤罪みたいなケースだったらどうする?
正しいか間違っているかも判別できなかったらどうする?
犯罪にしても、だ。
悪意をもってやった犯罪と、
非常に不幸なミス、事故で起こってしまう犯罪もある。
それらはすべて一緒だろうか?

加賀
「罪は罪だろ?

先生
「罪は罪だ。そう割り切ってしまうこともできる。
けれども、何の罪も犯してなくても、罪をでっち上げることができる時代だってことも
よくよく理解しておいて欲しい。
イタズラでブログに、「○○くんにいじめられてるので自殺します」って書くことができるんだ。
そして、そんな事件が起こってなくても、将来的に誰かに検索されてしまうことがあるんだ。

生徒
「こえー…

先生
「ひとつだけ。救いもある。
まぁ、これを言わなくちゃ、今日の授業は『だからなんなんだよ』で終わっちゃうからな。

生徒
「だから何何ですか!

先生
「仲間との信頼は、嘘にはできない。
お前らがここでこうして、同じ教室にいたことは事実であり、
仲間たちは仲間のことを知っている、ということだ。

生徒
「?

先生
「例えば、加賀がある企業の入社面談に行ったとする。
そこの面接官がネットで加賀のことを検索したら、どうも何か高校で問題を起こしたらしい。

生徒
「くすくす…

加賀
「なんだよ! 俺はなんにもしてないだろ!

先生
「悪い悪い、加賀。
その時な、面接官が、多少でも誠実な人だったら、どうすると思う?
高校の方にアクセスしたり、当時の同級生に話聞いてみたりしないかな?

生徒
「それはしないでしょー!! それ、めんどくさいでしょ!

先生
「でももし、そういう風にちゃんと調べてみれば、わかることがあるよな。
お前らのこのクラスで、いじめがあった、と全然関係ない奴がでっち上げた時、
お前らが信頼関係を築けていたら、『そんなことは無かった』とみんながいうことが出来るんじゃないか。

生徒
「そんなの、面接官は調べないでしょー。

先生
「調べないかもしれない。ネット情報だけで『はい終わり』かもしれない。
でもな。さっき話したとおり、ネットの情報なんて、なんにも信用できないんだ。
嘘とデタラメと真実がごちゃまぜでまるで見えないんだ。
それがわかってる人間だったら、ちゃんと調べようとするんじゃないかな?
面接官だって、お前らだって。
お前ら、ツイッターで誰かが「痴漢だ」って書かれてたら、
それだけでそいつのことを信用しなくなるか?
噂とネット情報だけで人間を決めつけたりするか?
…してるかもしれんな。決めつけてる奴は今すぐ、その考えを改めるんだ。

生徒
「……

先生
「先生が昔、知人から言われた言葉がある。
『座って得られる情報だけですべてがわかると思うな』
お前らクラスメートが悪く言われる時があったとして、
その情報が本当かどうか、調べる努力を……誠実さを忘れないで欲しい。
痴漢が冤罪かもしれないって、さっき話してて思っただろ?
いいか。うわさ話を鵜呑みにするということは、本当に不誠実なことなんだ。
それはネットの情報も全く同じなんだぞ。

そして、この時代、いじめが本当にヤバイ時代だってわかっただろ?
削除できない情報が出まわる時、誰かが本当にいじめなんてことをやって、
それがネット上に書き込まれてしまったら、
そいつはどんなに反省しても、もうずっと残ってしまうんだ。
そいつの名前といじめの情報が、検索したら出てくるかもしれない、
そういう時代にお前らは生きているんだ。
ヤバイよ。これは相当ヤバイ。
そしてそういう時。最後に信用できるのは仲間なんだ。友人なんだ。
友人と築いた信頼関係なんだ。
だって、聞くだろ?
気になったら聞くだろ?
『××くんって、こんな情報がネットにあるけど、学生時代いじめしてたの?』って。
聞かれるんだよ。事実を確認されるんだよ。周辺の評価評判が聞かれるんだよ。

クラスカースト、なんて言葉が生まれたりしてるな。
くだらないことだ。
人間は、三人集まれば派閥ができる、とも言われている。
くだらないが、人間という生き物の習性なんだろう。
だが、そんな生き物としての習性なんかに負けるな。
言っておくがな、クラス50名、こんなもん、日本社会の中で見たら、
ほんとに小さな小さな、ちっぽけな社会、なんだぞ?
こんなちっぽけな社会で「派閥」とか「カースト」とか、
どんだけけつの穴が小さいか、まぁ、お前らは大人になったら知ることになるよ。
そして、大人になったとき、子供だった、未熟だった自分を恨むことが無いよう、
今を誠実に生きてくれ。
何が大事かってことをちゃんと考えてくれ。
もしわからなかったら大人を頼るんだ。あるいは仲間を頼るんだ。
信頼関係以上に大事なものなんてこの世には無い。
せっかくクラス50名でそれを築けるチャンスが、この学校生活だ。
社会に出ればもっと人は多くなり、もっと難しくなる。
まずは50人で信頼し合えるところから始めるんだ。
そうでないと……インターネットは、巨大な敵になるぞ。

じゃあ授業はここまでー。
きりーつ。
れーい。
ちゃくせーき。