消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

ハウルの動く城/ジブリ(宮崎駿) その5

ハウルの城の朝が始まる。
マルクル日課のお勤めをすべく、階下の勝手口へ降りてきた。

この、マルクルについてはカカシ同様、作中非常にぞんざいな扱いをされており、
何者で何の経緯でハウルの動く城に住み着いているのか不透明な部分が多い。
ハウルを師と仰ぐことから魔法使いの弟子であることは想像がつくが、
ハウルの子供にも見えない6~7歳の風貌が気になるところである。
戦争・・・孤児・・・住み込みの少年弟子・・・
そのぐらいのキーワードを思わせるに留めている。

彼には彼の事情がある。
今のマルクルの事情は、日課となっている、ハウルへの訪ね人への応対と、
食料の買い出しだった。
マルクルはそのために勝手口へ急ぐ。
ソフィーの入ってきた勝手口は、実は魔法の勝手口で、
戦争をしている二つの町の住居とかに通じている、秘密の扉なのである。

ひとたびカルシファーがつなげば(それは取手の上についているカラフルな
ダイヤルで選ぶのだが)、
魔法の勝手口は、海辺の町の魔法使い、ジェンキンスの家の玄関と繋がり、
蒸気機関車の城下町、キングスベリーのペンドラゴンと繋がる。
ソフィーが入ってきた荒れ地とも繋がるし、
それからハウルが出かけていく謎の黒い行き先もある。

ハウルの動く城の正体。
それは、他人からは城を動かして隠しておく一方、
魔法の扉を使うことで、ハウル自身は各国とのルートを確保し、
密に情報を収集することができるスパイ要塞なのである。

おそらくその動いて見えている城も幻覚か何かであり、
ソフィーのように、荒れ地を歩いていれば簡単に入れるものではないのだろう。
城を導いてくれた株のカカシ、ぴょんぴょん飛び跳ねるあのカカシの力だろう。

スパイ要塞で小間使いのように働く少年、マルクル
この映画全編に見受けられる戦争への批判精神を見るに、
戦争の被害者、あるいは何かしらのアンチテーゼと観るべき存在のような、
気がする。

彼、マルクルは朝の日課で降りてきたのだが、
階下のコンロの前で寝こけている老婆を見つけてぎょっとする。
この城でハウルカルシファー、自分以外の人物が現れたのはついぞ無いことだ。
「誰だろう、どこから入ってきちゃったんだろう」
マルクルに気づいたソフィーは狸寝入りを決め込んでいる。
この不思議な城の住人をまず観察してから、
自分の呪いを解いてもらうための交渉、手段を講じなくてはならない。

勝手口のベルが鳴る。老婆にかまっている場合ではないマルクルは、
得意の変装用の魔法で威厳をたたえた老人に化けると、扉を開いた。
ソフィーが驚いたことに、自分が荒れ地から入ってきた扉が
港町につながっている。

ジェンキンスどのはご在宅ですか!」
「今留守にしておる」
「もう昼過ぎです! 戦争がついに始まります! すぐにいらっしゃるようお伝え下さい!」
町の有力者の側近らしき男は大上段に告げると帰っていった。

すると再びベルが鳴る。
今度は蒸気機関車の走る街、キングスベリーの城下町に扉が繋がった。
「ペンドラゴン氏にお伝え下さい。いよいよ決戦です。国王のところへまいられるよう」

どうやら港の町と蒸気機関の町が戦争をしているらしい。
両方の町に別の名前で拠点を構えるハウルは、
両方の王から戦力として見込まれているようである。

三度、ベルが鳴る。再び港町。ジェンキンスを少女が訪ねる。
町の魔法使いとして慕われているジェンキンスに、漁がうまくいく魔法の粉を
もらいにきたのである。

ソフィーはもう驚きを隠せない(昨日分の驚きはおいておいて)。
窓の外に広がるのは海辺の町の風景である。
驚きの瞬間移動!
「おばあちゃんも魔女なの?」
「そうさ、この国一番のこわーい魔女だよぉー」
「んふふふふ」
ソフィーの冗談に笑って応える少女を返して、マルクルは文句を言う。
「おとなしくしててください。勝手なことを・・・」
「あんた・・・その老人に変装するの、変だよ、やめなよ」
「変装じゃありません、魔法です!」


そうこうして、朝の来客が一段落したようである。
マルクルは遅めの朝食の準備を始めた。
「そんなもの食べるのかい?」
「だって火はハウルさんでしか使えないんです」
「いいからおかし。ベーコンと玉子、あるんだろ」
フライパンを持ってレンガ造りのコンロに向かう。
「・・・いやだよ、俺は悪魔だ! 誰の言うことも聞かないぞ!」
火の悪魔カルシファーが文句を言う。
この家の火力はすべてカルシファーの力によるものだから、
ハウルでなければ言うことを聞かせられないらしい。
「水かけて消しちまうよ? それとも、昨夜の取引のこと、ばらそうか?」
ソフィーは脅し文句を火の悪魔に投げると、有無をいわさずフライパンを押し付けた。


朝食の匂いが部屋に立ちこめる。
カルシファーが言うことを聞いてマルクルは驚きである。
ソフィーを見る目が一気に変わった。
お茶を用意し、皿を用意し、朝食に備えていると・・・

扉の色が黒をさす。
闇の向こうから、疲弊しきった金髪の青年が現れた。
ソフィーは思わず息を呑み固まってしまった。

金髪碧眼の美青年。
軍隊パレードで自分を助けてくれたあの青年その人が、
この城の主、人々から恐れられている大魔法使い、
ハウルその人だったのである。

(つづく)