消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

ハウルの動く城/ジブリ(宮崎駿) その7

強大な魔法使いではあるが、まだ青年であるハウル
みなし児で年端もいかないマルクル
歳は・・・けっこう取っていそうだけれど、
悪魔という身分と性格から、いっこう成長の見られない炎の悪魔、カルシファー
この奇妙な三人による生活は、例えば男子大学生らの同居が
破滅的な状況を産み出すことが必然であると同様、
宿命的にむちゃくちゃな生活であった。

台所から居間から風呂場まで、
隙間なく汚され、乱され、投げやりにされている住居を見て、
押しかけ掃除婦であるソフィーはあきれきってしまっていた。
(こんな状況下でも、自分たちの住処として、ハウルの部屋、マルクルの部屋は
趣味と趣向に凝らされた、本人たちに取っては楽園のような
部屋になっているのだが)

公共スペースといえる台所、居間から、ソフィーの仕事は始まった。
雑然と大量に積み上げられた、本、食器、家具、なんだかわからないまじない用品、
これらを全部外に出したら、水拭きで大掃除。
コンロにたまった灰も全部かきだしてしまう。
燃やす対象を無くすと消えてしまうカルシファーは大変である。
「おいらが死んだら、ハウルも死んじまうんだぞ!」
と結構核心めいたことを言い放ちつつ、
ソフィーばあさんに火種置きに放り投げられてしまっている。

呆れつつも物静かなハウル
「掃除もほどほどにしておいてね」
と言い残し、またいつものように黒い扉の向こうへ消えていった。

ところがソフィーばあさんの勢いは止まらない。
居間と台所を終えたら、各自の部屋だ。
それから風呂場。
「ちょっちょっちょっと待って!! 僕の部屋はちょっと待って!!」
と騒ぐマルクルが、宝物をソフィーに燃えるゴミにされてしまうまえに
大慌てで片付けをしている間、ソフィーは風呂場の掃除に取り掛かった。
前衛的にアーティスティックにペンキを塗りたくったような、
あるいは気分を害するままに周囲にあたり散らかしたような、
ごちゃごちゃに汚れた風呂場を見て、呆れるものの、手を止めていても進まない。
腕まくりして掃除を続けるのであった。

元気なソフィーばあさん。

ここではまだ気がつくには早いが、
当初、荒れ地の魔女の呪いにより老婆となったソフィーは、
歩くのにも骨の折れる相当な年寄りだった。
それが、ハウルのそばで暮らす内にどんどん若返っていくのである。
元々ハウルに老化の呪いを解いてもらいにきたのだから
それは筋通りなのかもしれないが、
なんとなく見ていると、ソフィーの姿は、ハウルに惹かれていく毎に
若返っていくように思われる。
恋ノチカラがそうさせるのか・・・随分ロマンチックな魔法である。


ハウルに近づいて元気を取り戻しつつあるソフィーは、
風呂場を徹底的に掃除してしまう。
「ほどほどに」という忠告なぞお構いなしに。
これがちょっとした、しかし重要なトラブルを招く。

翌朝、朝帰りして風呂に浸かったハウルは、疲れていたのだろう、
いつもの調子で手を伸ばし毛染めシャンプーを手探りで探した。
いつもの場所にいつもの道具。
すべてのものを手が届く範囲に。
ずぼらな人間なら共感することが実に多い。
本人たちにとっては機能的。
他者から見れば混沌と混乱の園。

すべてハウルの「機能」通りに配置されていたはずの毛染めシャンプーが
ずらされてしまっており、ハウルの魔法は解けてしまった。
美しい金髪を保つための魔法である。
気付かずに髪を洗っていたハウルはシャンプーを洗い流す段になって
鏡を見て茫然とする。
赤銅色の惨めな髪色が鏡に写っているのである。

「ちょっとぉぉぉぉ!! どういうことなんだよぉぉぉ!!」

風呂場を飛び出したハウルは、ソフィーに食って掛かる。
「だから掃除もほどほどに、って言ったんだ!!」
ソフィーはさすがにバツが悪かったが、
その髪色も素敵よ、と。何よ、髪の色なんかで男がごちゃごちゃ言わなくても
いいじゃない、とあっさり返すが、
ハウルの落ち込みようは尋常ではない。

「美しくなければ意味が無い・・・価値がないんだぁぁぁ・・・」
頭をかきむしりながら突っ伏すハウル
魔法が解けていくのか、赤銅色から褐色へ、
そして最終的に美しい黒髪になった。
後からわかることだが、ハウルの地毛はこの黒髪。ソフィーと同じ髪色である。

美しさ、というよりも、金髪への異様なほどのこだわり。
どのくらいハウルにとって重要かというと、
黒髪に戻ったショックで身体がスライム化してしまうほどであった。
・・・よくわからない体質である。魔法使いというのは本当にたちが悪い。

「ちょっと! こんなところで溶けちゃわないで頂戴!
マルクル手伝って! お風呂で洗いましょう!」
あまりに派手なハウルの落ち込み方に、申し訳なさすら消えてしまって、
ソフィーは素っ裸のハウルを風呂場へ引きずっていくのだった。
ソフィーの正体、実年齢をもうハウルは知っているのか、
一応腰にタオルを巻いて出てきたのはせめてもの救いである。


ハウルの、金髪への異様なこだわりはなんであったのだろうか。
つい数分前までの映画のコマでは嫌味なほどに冷静ですまし顔で、
イケメンまっしぐらであったハウルが、
髪色が黒くなってからどんどんキャラが崩壊していくのである。
王様のところに行きたくないと駄々をこね、
ソフィーに代わりに行ってくれと甘えるその姿は、
親しみやすく、ぐっと年齢が下がってしまったようにさえ感じる。

彼にとって金髪とはなんであったのか。

これも物語の先に進むとわかることだが、
宮廷魔法使いサリヴァンの存在が間違いなく大きいと見て取れる。

ハウルの師匠に当たる、厳しくて優しい厳格な母の面影を感じられる女性。
それは時に絶対的な抑圧に、ハウルには感じられたかもしれない。
息苦しい抑圧からの逃避としてサリヴァンに逆らいながら、
心の底でサリヴァンに好かれたい・・・愛情を欲していたことは、
ハウルが美しい金髪に髪を染め上げていたことから感じ取れる。
サリヴァンの周囲を取り囲み世話するのは、彼女のショタ趣味と思われる、
美しい金髪、碧眼の、見目麗しい少年たちなのである。

もしかしたらこの小姓たちは、使役のために生み出している人形のような魔法生物
なのかもしれない。
であるならなおのこと、サリヴァンは好みの「金髪で白いセーラー服の美少年」を
魔法で生み出しているということで、
母であり師匠であり絶対的な存在であるサリヴァンの愛情に対して、
自らの黒髪がハウルには非常に疎ましかったのだろう。

さすがに聡明な女性に見えるサリヴァン先生が、ハウルに金髪好きだとか
発言していたとは思えないけれども、
ハウルサリヴァンに感じる抑圧の一方、好かれたい強烈な思慕でもって、
「金髪碧眼の美青年、かつ物事に動じない冷静さ、静けさをもったイケメン」
を演じていたのだろう。

ハウルが何かしらの愛情に飢えていたことがその金髪から察せるならば、
その後黒髪のまま陽気に平然としている姿も、何事かを察するに十分だ。
ハウルはソフィーとの愛情に満たされつつあり、
求めて止まなかった師匠からの愛の束縛を離れつつあるのかもしれない。

そんな風にハウルを変えていくのが、本人はそうとは知らないが、
ソフィーなのである。
黒髪になってしっかり傷心しているハウルに頼まれて王都へ向かうソフィーは、
「母から愛する我が子を奪いに行く女性」
の位置づけに、知らず知らず巻き込まれてしまうのであった。

(つづく)