消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

名物の美味いもの

食事はなべて、気分次第。
景勝地名産地に行けば旅気分と澄んだ空気が
五感のすべてを鋭敏に楽しませてくれる。
味覚も含めて。

だから、うまいのだと思うのだが、
旅先ではない、
東京の、やたらと並ぶ名店に並んで、
仕事の合間に食べる食事はいかがなものだろう。

人形町玉ひで
親子丼、軍鶏鍋でもって
泣く子も黙る超名店として君臨する、
行列必至の店である。

どのくらい必至かというと、
11時20分という、いささか中途半端な時間に始まるこの店は、
13時には昼のメニューが終了するというのである。
わずか1時間40分の販売時間は、
レア度を高めるためというわけではなく、
その人気と行列ゆえに、売り切れてしまう時間ということらしい。
昼の部営業時間内であっても
12時過ぎになると、3つだけのメニューの1つ2つと売り切れていくというから
大変な希少性である。

その名物「元祖親子丼」「白レバ親子丼」「匠親子丼」を求めて
並ぶ人数といいますと
その11時20分から店内の廊下をみっちり15人ほど並ばせた後、
玄関から表の壁添にびっしりと。
11時半くらいではそのくらいの人数だが、
これが11時45分、12時となってくると
外の行列が2列になる。

それはもう、大した行列である。
11時半から並んでるサラリーマンなんかを見ると
お前は仕事はどうしたのかと
詰め寄りたくもなるものであるが
私自身も同じ穴のムジナである以上
あまり強いことも言えず、
2ヶ月に一度の人形町への外出の機会に
会議が終わったのをいいことに、
早い時間から並ぶのであった。

そもそも、この「玉ひで行列」を想定して会議時間を設定したりしているのは
公然の秘密、暗黙の了解、というものである。

並ぶこと30分、
漸く店内に入って食券を買うに至るが、
まだそこでも珠玉の親子丼に巡り合えるわけではない。
廊下に並び、高級料亭のようなご立派な店内を目で楽しむ。

いい加減、仲間内での話題も尽きたところで
ついに座席に通させると、
お茶とともに供されるのは、軍鶏のスープ。
親子丼製作過程の副産物であろうか。
鶏を煮込んだ澄んだスープである。

ふーん、なるほどね、と
味はともかく器がべたつくことを気にしながら飲み干すと、
サラリーマンの昼食代3日分、
1800円の神々しいまでの親子丼が届けられる。

昼メニューの基本は変わらず、軍鶏の親子丼であり、
白レバの方は、それに臭みのない白レバが配され、
匠の方はささみのあぶり焼きが縁取られる。
私は匠の方をいただいた。

・・・私はそもそも並ぶことが嫌いである。
昼飯に至っては、エネルギー取得のための「餌」とさえ思っている。
それでも珍しさも手伝って、観光地気分で並んだわけであるが
もう並ぶことは無いだろう。

ラーメンは並ぶ。45分までは並ばないと思うけれど、
ある程度は並ぶ。
他の食事も並ぶことはあるかもしれない。
だけれど親子丼。
親子丼は美味しい店も多い。
そこまでして、
そこまでして並ばなくてはならないだろうか。
サラリーマン昼食三回分の散財をしなくてはならないだろうか。

ささみは半生、非常に柔らかくしっとり焼きあげており、
さすが名店の、と唸らされるほどの美しい食感であった。
シャモ肉は、もちろんささみ肉が入ってる関係上、少ない。
こちらは歯ごたえがしっかりしてて噛みごたえのある味わい。
玉子が濃い。濃厚な味わいの玉子で閉じられいる。

・・・それだけである。
それだけだろう? だって親子丼なんだから。
親子丼にこれ以上の宇宙を求めるというのも酷くな話だろう?

だけれどやはり、仕事の合間に非常な時間を費やして
安くはない金を支払って、
得られた親子丼に対しては
「美味かったけど、うん、まぁ、もう並ばないよ」
という感想であり
並ばないのであればまた食べてもいいかもだけれど
でもやっぱり親子丼だもんなぁ。

そんな感想であったのであった。

名店、名物、それは味だけではない、エンターテイメント性を含んで
楽しむものなのである。