消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

『ちっぽけな本屋 ⑥』

 私は昔の風景を発見した。そして今の風景も、発見することになった。

本屋に近づくといやでもその張り紙が目に入った。

毎月雑誌や新刊の入荷を知らせていた、店主の妙に堂々とした毛筆字。

その中にあって一枚だけ、この張り紙だけ少し弱々しく見えたのは私の気のせいだったろうか。

閉店を知らせる文字は夕日を受けて朱に光っていた。

ゆっくりと中へ入っていくと店主はまたいつものように新聞から目を上げて、そして多分初めて、彼から私に声をかけてきた。

「よう、あんたか」

低く重たかった声はいつの間にかしゃがれ、小学生の頃、わずかに威圧感さえ感じていた声は今、軽かった。

「寄る年波には勝てず。うちもついに閉めることにしたよ。」

年老いた声で店主は表の張り紙を裏付けた。

私は返す言葉が思いつかずに、黙っていた。

「あんたは、実に長いことうちに通ってくれたな。表のチビどもの時分から。もっとも、当時は『客』ではなかったかもしれないがね」

私は店主がそんな頃からの自分を覚えていることに驚かされた。

「悪ガキどもはあんたらの頃も今も金にはならん。しかしああやって寄り集まって熱心に本を読んでる姿は、わしは嫌いじゃなかったよ。
 ガキどもがやがてあんたのような読書家になって帰ってくるのも、わしの楽しみの一つでもあったよ」

そう言う店主自身が強面の奥に子供のような目を持っていることに、私は今更のように気がついた。

不思議に黒目の多い目の奥に、どうしてかあの頃の自分らのようなイタズラっぽい笑顔が見えた気がした。

もしかしたら角メガネじじいは、その失礼なあだ名まで知っていたのではないかとふと思った。

年老いた店主はまた二言三言、独り言のようにつぶやいたが、私の耳は何かが詰まったようにじんと圧迫されて、聞こえなかった。

言うべき言葉を探して、ようやく「お疲れ様でした」と頭を下げると、鼻の奥までも何か詰まったようにずんとして、私はそのまま表に出た。

雑誌の周りで子供たちが思い思いの格好をして読みふけっているのを、また少し離れた先ほどの場所から見た。

本当に、ずいぶんちっぽけな本屋だった。

そして子供たちもまた、小さかった。

そこだけ絵葉書でも切り張られたようにぼやけて見えた。

私もまた、あの子供たちだったのだ、と思い、旧友の名をひとつづつ思い出しながら家路に着いた。

「お疲れ様でした」

ちっぽけな本屋は店主の目と同じように、イタズラっぽく、あるいはちょっと照れてるように見えた。