消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

僕とネコと離婚物語~ 100 %勝利へ~その16

7章「カトウのやったこと」その

「契約書」


私が渡した紙にはそう書いてありました。
契約書と細則。
全体像と細かな取り決め。
私が考え得る、最善で最も諦めた生活。


契約書に明記された不倫相手のフルネームを見て
妻はすべてを私が把握していることを察しました。
「探偵の調査資料もある」
と私は追い打ちをかけました。
彼女にしてみればゲームセットでした。
元々、其の夜に私から仕掛けられたゲームは、最初から勝敗が決まっていたのです。
まぁ茶番でした。
私は最初から全部を用意して試合に臨んだのですから。


感情的にもなりかけたし
いい加減腹も立ったし
全部ぶち壊してやりたくなったり
逆にすべてなかったことにしたくなったり、

あれこれ考えると夜が長い。
ベランダでタバコを吸っていると、隣の部屋の奥さんがわざと音を立てて窓を閉めました。
生きるということはいつだって申し訳ないことなのです。


「無理」と妻はいいました。
耳を疑いましたがね。
ちなみにこの瞬間から、ICレコーダーの録音ボタンを押してありました。
こんなロマンティックな場面に至ってまで、なんて実務的な自分。

そのICレコーダーも後輩に借りたもの、という所が
また実務的で泣けるじゃないですか。
何に使うかも知らずに貸してくれた後輩よ。



「こんなの無理。全然無理。できるわけないじゃん」
「いや出来る。むしろ楽しいと思う。
恋愛は個人的なものでも閉鎖的なものでもない。
オープンに楽しめばいいんだ。
キミはこの間思わせぶりに僕にこう言ったじゃないか。
『誰にもモテない妻じゃ面白く無いでしょ』って。
そういう話をすればいい。恋の話をすればいい。時には愚痴って、時にはのろけて
そういう親しい話をすればいいんだ。あけっぴろげに、隠すことなく。
それこそが、実に家族らしい家族じゃないか。
自由な個人。
けれどつながっている。
ひとりじゃない。
それこそ理想的な形じゃないか、そうじゃないか」


本当にそうだろうか。
とりあえずその時の私はそう信じた。
狂っていたのかも知れない。


そうだ。別に夫婦が束縛された窮屈な関係である必然はない。
利害が一致すればどんな形でも成り立つはずである。
それは丁度、


「ビジネスなんだよ。これは。儲けるとかそういうことじゃない。
需要と供給。バランスとかペイバックとか、そういう単純な仕組みなんだよ」


もし妻が多少なり法律の知識を駆使してこの提案を受け入れれば
あるいは単に私の書いた文書だけでも手に入れていれば
これは「著しく公序良俗に反する」提案として
私もいささか立場が危うくなったかも知れない。
妾契約は基本的に違法であるのだから。


「もうあなたと居るのは無理」と妻は言った。
「なるほど」
これで終わりだ。止む得ない。止む得ないだろう。


「キミのことはすべて調べがついている。もう洗いざらい話してもらおうか」
私はあとは惰性で聞いた。あるいは、昼ドラ的な野次馬根性で。
どこで出会ったのか。なぜ惹かれたのか。どんな話をしているのか……。


「で毎週セックスを楽しんでいるわけか」
「……飲み友達だから。そういう目的じゃない」
「おい、言葉に気をつけろよ。俺はキミが思っている以上に状況を把握しているんだぜ?」
「……」


私は、妻に対していくつかの点を隠したまま話を進めることにしていました。
武器は多ければ多いほどいいですが、一時に使ってしまっては効果が薄れます。
効果的に効果的な角度で効果的な箇所へ叩き込む。
致命傷を与えるにはそういったことを考えなくてはなりません。

致命傷を与える?

私は妻の携帯メールを見ていることを最後まで言いませんでした。
SDメモリーカードへたっぷりと保存しているメールのことを。

効果的な武器として
シューティングゲームの「BOMB」として
一番効果的な場所へ落とすつもりでした。
逆にこれが、かえって私のことを傷つけることになるのです。


(つづく)