消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

僕とネコと離婚物語~ 100 %勝利へ~その25

7章「カトウのやったこと」その


たかが一ヶ月の不倫で相手の人生を台無しにするのは私の本意でもなかった。
であるから最大限の譲歩と提案が、妻にも実施した方法であるところの、
公証役場での認証証明」であった。
履歴は残るが、公正証書と異なり、裁判判決や前科とは性質が違う。


「地獄を見せてやれば?」と言う弁護士が居る中で仏のような処置である。
私としてはしかし女寝取られただけで逆上して戦争を起こすような
トロイア戦争の愚を繰り返したいとは思わない。

ムカついてはいるが落ち着いて考えれば男として負けただけなのだから
慰謝料を取ることすら躊躇があった。
なので、これはビジネスだ、と割り切ることにした。
かっこつけてもらえるもんまで放棄する必要はないからね。


元妻との離婚成立から、確か一週間か二週間後だった。
職場であるサンシャインの4階に、再び私と妻の姿があった。
妻との時のように午後半休は取らなかった。
昼休みの時間とかぶっている13時から13時半までの間。

30分のドラマ。
30分の戦い。
ていうか同僚たちが呑気に昼休みを楽しんでいる幸せな時間に
ウン百万円のガチンコバトル。


私は先方に委任の情報を伝えておいてあげた。
やはりさすがに私と対面する機会は避けたいだろうと思ったし、
元妻もそれを気にしていたので。
委任状さえ書けば元妻を代理人にして署名してもらうことが可能である。
不倫相手の旦那、慰謝料請求の当事者に会うことを避けることができる。

が、
相手はびっくりするような方法を取ってきた。
私にも会うこと無く、委任状も書くことなく。
完全に斜め上の方法であった。


12時半から13時半という少し変則的な昼休みに入り、
公証役場の昼休みが終わる13時を待って、
私は職場から4階へおりた。
食欲はなかったのだけれどもファミチキを食べたように記憶している。


4階には既に二人が待っていた。
元妻と、それから……えーと、どちらさんですか?
「〇〇です」
え? あなた、〇〇さん? 私の妻を寝取った? 不倫ゲームに興じていた?
「そうです、〇〇です」


似ている。
しかし別人であった。

マジでー!?
ここでそう来ちゃう!? そういうので来ちゃう!?


言うまでもなく公証役場で作られる文書は公的な文書であるから
その作成に不正があった場合、これは明確な公文書偽造である。
立派な犯罪である。
公的な証明書への署名捺印は当事者か委任者しか認められていない。
ていうか誰だよお前。


「〇〇です」
いやそこは言い張るだろうけれどさぁ。
私は探偵資料でビデオや写真を見てるわけですよ。
妻のメールの中でもあなた、書いてましたよね。

ディオールが好き」
「服に金かけすぎて今月も金欠だー」

その野球チームの番号ついた変なTシャツも、Dior ですかー??
ジーンズメイトでよく見かけるような服ですけれど……
身長体重はかろうじて似通っているように見えるけれども
(それにしたってちょっと恰幅が足りない……)
顔が違う、顔が。


妻とのメールの中に
「すごくかっこいい!」
「合コンでもすぐ番号聞かれるー」
「だよねー、もてるよねー」


と書かれた片鱗がない!!
いや、もしかしてその顔がむしろ今の流行り!?

眉毛が濃くてつながっているのが一番、探偵写真と異なる特徴で
肌もだいぶ荒れてらっしゃる。
なんというか、「若造」といった手合いであった。


「……写真の印象とだいぶちがうね」
と元妻に言ったところ、そんなことない、と逆ギレされた。


時間もないし公証人を頼んで認証証書作成に入ったのだけれど
署名をしている隣の謎の男性が気になってしょうがない。

「もし、彼が別人だったらどうなるんですか?」
「公証人が身分証をもって本人と認めているんだから、別人であるはずがない」
「あー、そうですか(逆にプレッシャーだろうな、相手は)」


私は彼が署名している間、手の中で携帯をもてあそんでいた。
その画面には不倫相手の名前と住所、電話番号が表示されている。
この内容と異なる内容を、書類の上に書いて見せれば、そこで御用となるわけだが
さすがにそんなヘマはこの謎の若造もやらかさなかった。

じゃあここから携帯に電話かけちゃおっかなー、とも思った。
携帯電話まではさすがに渡していないだろう。
どこかの物陰でハラハラと事の成り行きを待っている当事者の携帯が鳴り、
隣の彼の携帯が微動だにしなければ、それだけで一つの証拠となるだろう。


が、やめておいた。
私はむしろ交渉のカードを(しかもかなり強力なカードを)
手に入れたに過ぎないのである。

よしんば支払いが滞って裁判になったとして
「この通り、署名捺印入りの慰謝料示談書があります!」
「いや、私はその署名者本人であるが、私は署名していない」
異議あり! 裁判長! この実際に署名した人物こそが、真犯人に違い有りません!」
みたいな熱い展開が待っていると思うと、ゲーム「逆転裁判」のファンである私は、
もう公証人の前でにやけてしまうのだった。


かくして、どこまでも茶番な離婚騒動に署名捺印という決着がつき、
慰謝料の支払い、
満額支払い後に探偵資料破棄、
相手の両親と職場にはこの事実を話さない、
という、主に三項目を約した調印がなされたのであった。


ここでちょっと補足。
「第三者公開の禁止」というのが、実は調停資料における原則なのだけれど、
ここでは「相手の両親、職場」と限定している点に注目して欲しい。
これは私がわざと仕組んだ文言で、同内容が元妻との離婚協議書にも記載されている。

つまり文書をなんどひっくり返しても「第三者公開の禁止」は約束されておらず、
であるので私は秘密を守る必要性は全く無いのである。
相手の名前、住所に到るまで流布公言しても、すくなくとも書面上には違反していない。
(プライバシー侵害には抵触するが)


ここは私にとって重要なところで、
おかげで私はこのえらいこっちゃ面白いネタを
ブログという公的な場ですき放題にぶっちゃけているわけであるし、
職場の同僚や友人らに内容を詳述してはばからないのである。


普通は書面でちゃんと「あらゆる第三者への情報開示禁止」を盛り込まないと
いけないんだけれどね。その口止め料としての慰謝料でもあるんだから。



さて。最終決着がこうして(また素晴らしいネタを残して)
決着するに至って、残されているのはエンディングである。
「6月29日、家にいて。引越しの話をしよう」
「6月29日ね。わかった」

奇しくも、FIFAワールドカップ2010の日本戦の日。
私はある計略をもって、エンディングへ臨もうとしていた。


(つづく)