消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

僕とネコと再婚物語~その1~

はじまりはさみしさから。だがそれでいいと思う。

「まぁ、そんなこんなで、こんな感じさ」
「……」
初夏の日差し眩しく降り注ぐ休日の午後。
2010年7月のある日。
既に上がり始めた気温がこれから始まる猛暑を予感させる。
ワールドカップ南アフリカ大会が世間を騒がせている。

「出会いがあれば別れがある。逆も真なり。そうだろう?」
「……」
「正しい始まりばかりが正しいとは限らない……大体、恋愛における『正しい始まり』って何さ?
みんな少女マンガに毒されているだけじゃないか?
恋に正しいも誤りも無い。そうだろ?」
「……」
「そうだろ?」
「……」
「しゃべれよ」
「ニャ?」

ひなたぼっこにはもう暑すぎる日差しを避けて、
風通しのいい居間でネコはだらしなく伸びている。

「……ネコはしゃべらないネコに戻るんじゃなかった?」
「そう言うなよ。第二部だよ。連載再開だよ」



2010年7月、私は神経を相当に疲弊する形で離婚を成立させた。
その際の顛末を5ヶ月に渡ってブログに投稿続けたが、
どうもこう、恨みつらみをひたすら書き連ねる根暗な文面になることが想定されたので
狂言回しとしてのネコを登場させた。

「僕とネコと離婚物語」である。


その離婚物語から数ヶ月……いや、時系列的には、数日……
新しい物語を僕は始めていた。
今度も、狂言回しとしてネコがいる。
おのろけデレデレなブログになってしまっては
どうにもかっこがつかないからだ。

あと多分、ひたすら「言い訳」を書き続ける内容になるはずだから、
緩衝材としてのネコがいる。
僕の言い訳の物語、あの時、あの頃、三年半前から始まる。
僕は、ああするしかなかったんだよ、
今でもそう思う。


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人は一人で生きられるだろうか、という命題がある。
無人島に何か一つ持って行くならば何を持っていくか。
世界が滅びるとき、一人だけ守れるとしたら誰を守るのか。

巨万の富、あらゆる権力、無限の時間が不老不死とともに与えられても
たった一人の身の上にあって果たして笑顔になれるだろうか。
世界の中で孤独であったら、金の使い道もありはしない。


「ネコなら気にしないわよ。一匹でもネコはネコだから」
「…ほんとかぁ?」

野良ネコたちは夜毎に集会を開く。
何のために集まるのかは未だに解明されていない、謎の集会。
それぞれに距離を空けて、話をするでもなく喧嘩をするでもなく、
不気味に無言な、夜中の二時頃の集会。
小一時間ほどで去っていく猫達。

猫達だって、身勝手に気まぐれに生きているようでいて、
お互いがお互いを失って、本当に一匹ぼっちになってしまう日が来たとすれば、
その寂しさに尻尾も丸まってしまうんだと思う。
ヒトと同じに。

無人島にiPad を持って行っても、
宇宙の僻地にあらゆる設備を用意しても、
人は孤独では生きられない。
手塚治虫火の鳥に、確かそんなエピソードがあった)
誰かに寄り添う他に生きられない生き物。
それが人間であり、人間だけでなく、多くの姓名の特性なのではないだろうか。


だから、寂しさから始まる恋愛があったとしても
それを否定するべきではない、と僕は思うのだが、いかがだろうか。


2010年4月~6月、
僕はどうしようもない孤独の中にいて、日々消耗していた。
当時の妻の不倫について探偵を雇って証拠を集めていた僕は、
誰に相談することもできずに、睡眠時間と食欲を削りながら
崖っぷちで仕事と生活を進めていた。
一日一日が炙られているみたいにキリキリする日々だった。


当初、妻との再構築を望んでいたことは先のブログ「離婚物語」の方で書いたが
紆余曲折があって、結局報復的に妻を追い出し、間男に慰謝料を請求することとなった。
手元には、分与しなかった財産、衣服以外のほとんどの家財、
そして、ネコが残った。


それでも喪失感は大きかった。これは相当な大きさである。
プラトンによると、人は半分の魂を持って生まれるという。
対に合わさって一つとなる、ようやく完全体として満たされる、
それが人間のあるべき姿であって、結婚の理想とされる。
そうである、と思っていたはずの4年間が、
脆くも、そして急激に(たった2ヶ月で)切り裂かれ、放り出されてしまったのである。


一般的、と言っていいかわからないけれど、
夫婦の離婚は長い年月の隔絶と積み重ねられた不満の上に成立する。
そういう場合でも喪失感はあるだろうが、「剥奪された」とは感じないだろう。
重たい荷物をようやく切り離した気分になるはずだ。

それに対して、不倫のような事故的な出来事から一気に話しが進む場合、
猛烈な喪失感にさいなまれることになる。
左手の薬指から外された指輪。
この指の喪失感は、遂に3年半、再婚するまで僕を悩ませた。


この喪失感を満たす要素のひとつに、ネコがいた。
ペットは人を裏切らない(正確には、裏切ることをゆるさない状況においてる、のだが)
このことが隠れ蓑にもなったわけだけれど、
実際、孤独の寂しさをペットはかなり緩和する。
仕事で疲れて家に帰ってくるとき、
玄関のセンサー式のライトが反応して、ネコが光の下にいると、
実に大きく孤独が和らいだものである。
(これは、不倫騒動の後半、妻がほとんど家にいない状況の時に随分助かった)
明かりがつくだけで、いいものだったのである。


しかし……
ペットは所詮ペットである。
ネコは気まぐれだし、会話は成立しないし、人肌恋しい時にも毛むくじゃらである。
僕は人間を欲した。


2ヶ月間、妻との再構築も諦める他なくなった状況で僕が求めたのは
次の相手……というよりも、今この孤独を癒してくれる相手だった。
通常、不倫のような裏切られる形で異性を失うと、
恋愛や異性に対して大きく不信感を持つようになって
次の恋愛に臆病になるものである。
一方で孤独感はどうしようもなく大きく心を占めるから、
人によっては親権を取った我が子に依存したり、
人によっては趣味である登山におかしいぐらいにのめり込んだり、
ペットを増やして溺愛したりする。

それと同じで、他者を求めるケースも、実は少なくないと思われる。
結局、孤独を何かしらで埋めなければ潰れてしまうのである。
登山のような趣味があればそれでも良かったかもしれないが、
僕は次の女を探した。


目星はつけてあった。
仕事が激務であったので、仕事外で探すのは相当に難しいことはわかっていた。
社内だ。
独身の手頃な女性(もう不倫はコリゴリだ)。
手頃、が何を指すかはわからないけれども、
話の合う、年頃の女性。

実にフィットする女性が近くにいたことは実に幸運だった。
しかもその女性は数ヶ月前(2010年4月)、
会社の都合で関西の業務を関東に持ってくる際に引っ張りあげられた、
新しく来た人達の一人だった。
僕は当時、神の采配を感じたものである。
捨てる神あれば拾う神あり、とでも言おうか。


僕は、だから実は、不倫騒動の只中の時から、彼女に目をつけていたのだ。


事は慎重に運んだ。
何しろ僕は不倫で傷ついているのである。
自分自身が不倫をするのは絶対に嫌だった。
離婚が完全に成立するまでは絶対に一線を超えないようにしなくてはならない。
しかしその一方で、早急に孤独を癒やしたかった。
離婚成立後、何年も何年もかけて気持ちを鎮めてからようやく、と悠長なことは言ってられない。
さみしくて死んでしまうかもしれないから。


そしてもう一つ。
これは薄暗い情念からくる動機である。
嫁に(元嫁に)ダメージを与えたかった。
「俺にだって恋人がいるぜ。お前みたいな慰謝料付きの不正な彼氏じゃなくて、な」
そんな風に宣言して見せたかった。
非常に根暗で矮小で狭量なプライドである(不倫されるわけだ…)
そんな理由で口説かれる女性もたまったものではなかったであろう。


しかし、人は弱い。どうしようもなく弱い。
そんな弱さから始まる恋愛があってもいいんじゃないだろうか。


少女マンガの通例のように、
入学式で印象的な出会いをして、
どうしようもなく惹かれていく自分を抑えきれなくなって、
それで距離が一気に縮まる事件が丁度夏休み中にあるんだろ?
「あー会えなくてつまんない」なんて言ってる時にさ!

その「夏のキュンキュンな事件」以後急速に距離が縮まるかと思われたところで、
でもそこからなぜか少し離れちゃうような事件があるんだろ?(体育祭あたり?)
そんで紆余曲折っぽいことを一年間に詰め込んだ挙句、文化祭かクリスマス辺りに
ついに「好きだ……!」の言葉が2ページ見開きで発射されて
連載数ヶ月間、読者(主に女性)をヤキモキさせた恋がようやく実る……

なんて悠長なことやるばかりが正解じゃないだろう!?
だいたい入学式も夏休みも告白しやすい文化祭も無いし!!
クリスマスだって残業だっつーの!!


さみしいから手近な女を口説き落とした。
それで、いいじゃないか。そういう始まり方だってあるじゃないか。
むしろ、「運命的出会い」とか「どうしようもなく惹かれていく」とか、
そんなものの方がこの世界には少ないのではないか?
そんな展開に希少性があるからこそ、「あこがれ」という形で少女マンガが成立するのではないか?
あんな展開が日常茶飯事に起こる一般事例であるなら、「君に届け」は映画化されないし、
僕等がいた」はよくあることで片付けられるし、
「日々蝶々」みたいにずっと黙ってれば毎日誰もが最高の相思相愛に到れることになるんだろ?
だいたいからして「天使なんかじゃない」の恋のはじまり方だって、
絵柄がキラキラしているからピュアに見えるだけで、
誠実さとか内面性とかよくよく考えていくと、
あれだってそんなに純真無垢かつ自然発生的な恋とは言えないじゃないですか!?

少年誌でトーストを加えて走る少女が必ず転んでパンツが見える方が、
よっぽど夢あるファンタジーであり、
素敵少年風早君(君に届け、の主人公)が、
恋人も作らずにフリーな状態でピュアホワイトな女の子とばったり遭遇する方に、
僕はむしろ欺瞞と策略を感じますけどね。


少し興奮しすぎましたが、
話しをたった一言でまとめますと、
「僕は寂しかったので丁度いいところにいた女性を口説いたのです」
という事実をなんとか正当化しようと論じてみたわけです。


そしてそんなことは、彼女は100% お見通しでした。
そりゃそうです。
つい先日離婚した男が「キミが好きだ! 付き合ってくれ!」って
何適当な事言ってんだコイツ?
って当たり前に思っていたわけです。

そんな時に「何いってんのよ馬鹿!! 不誠実よ!」
と感じる女性もいるでしょう。
一方で彼女はこう感じたわけです。
「アラフォーバツイチか……なんか面白そうだな」
……そんな風に始まる恋があってもいいじゃないですか。
彼女は、関西人特有の「面白そうなものに食いついてしまう」という性質を利用され、
いつの間にか取り込まれてしまったのです。


ひどく寂しかった僕は、それでも離婚の成立と、「離婚の発表」にこだわりました。
ちゃんと法的に離婚をし、それをちゃんと公表し、
それらを踏まえて、目をつけていた彼女にアタックしよう、と考えていたのです。

その手順を踏むことだけを重要視した僕は、
スケジュール感覚はこの際度外視することにしました。
もう少し正確に言うと、「正式手続き」と「はやく寂しさから脱却したい」の
両方を満たそうとしたのです。


結果、以下のようになりました。
月曜日、午後半休をとって元妻と待ち合わせ、離婚届を区役所に提出、受理。
火曜日、記憶が曖昧だが、恐らく放心していたのだと思う。
水曜日、社内に向けて離婚した旨をメールで一斉送信。事業部のほとんどの人に送信しました。かなり迷惑。

その夜、彼女に電話しました。
彼女にしてみれば、昼間に突然離婚宣言した男から電話がかかってきたのです。

木曜日と金曜日を経て、
土曜日、彼女とデート。
実にたった一週間のできごとでした。



「付き合って」
「は?」
「付き合ってよ」
「何言ってるんですか?」
「恋人になってください」
「いや無理だから」
「じゃあネコ見に来ない?」
「行く」

下衆である。卑怯である。明らかに「悪意」あるいは「罠にはめる」意図を感じる。
当然女性は、「断ったし離婚とかよくわからない状況だしネコだし」
と、警戒心がゆるみます。
最後の「ネコ」でなんか突拍子もなさすぎてゆるみます。ゆるませました。
結局のところ、パニックを利用したのでしょう。
吊り橋効果のようなものです。
異常な状態、異常な状況では、人は正常な判断力を失う。
僕は、なし崩し的に彼女を口説き落としにかかりました。


動機は、さみしかったから。
でも当然、向こうだって、彼女だって、「嫁」だって、
そんなもんだったと思うのです。
「なんかバツイチアラフォー面白そうだしまぁ興味本位で」
少女マンガ的な恋ばかりではない。
映画みたいな愛ばかりではない。
全員に指さし確認したいですが、本当に、正確に、
「全身全霊の恋」という形で始まったか? あなたのケースは。
違うでしょ?

……こんな恋のはじまり方があっても、いいとは思いませんか?

(つづく)