消えかかる記憶の寝言3

渡るつもりなんてなかったのに、人生常々渡り鳥。カトウリュウタの寄港地ブログ。

泉田良輔「Google vs トヨタ」Audible

凄い、なぁ…!
とため息というか、絶望感を味わうことになった本書。
Googleトヨタ」という切り口で、
サブタイトルにもなっている自動運転車のことが出てくるのは当然として、
サブタイトルは「自動運転車は始まりに過ぎない」と書いている。
そう、始まりに過ぎない、らしいのだ。

この本を読むと感じるのは、ビジネスというものの規模のでかさ、
連鎖、つながりの深さ、多様さ。
あまりにも幅広いビジネスの戦場を知らされて、
途方にくれるしか無くなる。
自分は…
私自身は、こんな複雑かつ幅広いことを考えている人達と、
ビジネスデベロップなエリアで戦ったり協力したり、
あるいは(多分これが主だが)追随したりしなければならないのだ、
と考えると、
本当に絶望的な気持ちになる。
自分が、ビジネスデベロップな役割、プロダクトマネジメントな役割についているから、だ。

(ほんとこりゃもう私の狭い頭じゃ無理だな、この役割…)

GoogleトヨタApple、テスラといった企業が、
自動運転車の研究を行っているが、
これをただ単に「音声デバイスがついた車」なんて捉えていたら大間違いである、
のだけれども、
じゃあどこまでの規模で考えるビジネスなのかと言うと、
「都市デザインを制する企業が次の覇者となる」
的なことを本書では語っていて、
「はぁ!?」となる。
いや、本書を読めばその理屈はわかる、その展開はわかる。
「はぁ!?」なのは、「そんな時代、そんな巨大なビジネスに、
一体自分は何ができるのか?
という「はぁ!?」である。

「はぁ!?そんな凄いことまで考えなくちゃいけない世界で、我が社はどうすりゃ生き伸びられるのですか!?」
である。
絶望しかない。

車というのは、非常に多くの部品で出来ている。
部品を集めて製品にする…
部品が価値として販売されるまでのバリューチェーンは、
非常に長く、
そしてかなり確立されている。
これが大きく変動する機会を得ているのが、今の状態だそうで、
覇権争いはもちろん始まっているし、
「覇者」というトップの話以外にも、
様々な領域でせめぎ合いが始まりつつあるという。
始まりつつ、というのは、
もうとっくに始まってるような、
部品調達のエリア以外にも、
自動運転車としての新たな分野、
ICT領域の様々な技術、
インフラ、
そして、実際に走る街中の法整備や道路デザインという、
街のデザインまで。
戦いは非常に広範囲の分野で起こることになる、というのだ。

それは多分正しい。
筆者の論理構築が語られるが、疑問を挟む余地は無い。
ここまで明確に戦場の広がりが予言されながら、
しかし私のような小さな脳みその人間は、
まるで気づくこともできないでいたのだ。
IT業に携わってる以上、自動運転車という確信に、無関係ではいられるはずがないという事に。

考えたら、車が産まれて物流は変わった。
ビジネスは変わった。
世界が変わり、街がデザインされた。
次のイノベーションが起こるとき、
また世界がガラリと変わるのは、本来当たり前のことなのだ。

そして、ガラリと変わった世界の裏では、
多分負けた人たちがいるのだ。
イノベーションはすべての人に優しく、価値がある、なんて誰も約束しちゃいない。
車が物流を支配して、飛脚とか馬とかが失業したのだ。
ケータイ電話が普及して、固定電話のモデルが使えなくなったのだ。

その時が来た時に、飯が食えるように…生きたい、食いつないでいたい。
そう思って本書を手にしたのだが、
正直、読み終えた後に感じたのは、
「…こりゃあかん、ついていけないわ」
であった。